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大阪地方裁判所 昭和43年(ワ)5798号 判決

原告 安田義一

右訴訟代理人弁護士 仲武

被告 豊田機械工業株式会社

右代表者代表取締役 豊田好俊

右訴訟代理人弁護士 中嶋邦明

右訴訟復代理人弁護士 宮崎誠

主文

被告は原告に対し金五〇万円およびこれに対する昭和四三年一〇月一七日より支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は三分しその二を原告の負担としその余を被告の負担とする。

この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一、原告

(本位的請求)

(一) 被告は原告に対し別紙目録記載建物のうち三、四、五階部分床面積二七二・二四平方メートルを収去し、かつ、本訴状送達の翌日である昭和四三年一〇月一七日より右収去ずみに至るまで一ヶ月金五万円の割合による金員を支払え。

(二) 訴訟費用は被告の負担とする。

(予備的請求)

(一) 被告は原告に対し金五七〇万円およびこれに対する本訴状送達の翌日である昭和四三年一〇月一七日より支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(二) 訴訟費用は被告の負担とする。

(三) 仮執行の宣言

二  被告

(本位的、予備的双方の請求の趣旨に対し)

(一) 原告の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

≪以下事実省略≫

理由

一、原告が、昭和二八年九月三〇日、西宮市池開町三九番地の宅地一三二・四八平方メートルを買受け同地上に原告所有建物を建築したこと、原告所有土地の南側に隣接する本件土地は昭和四二年六月まで地目が田であったが、同年六月二八日宅地に地目が変更されたうえ、被告が、同年八月一八日、右土地を買受け、同年一二月四日から本件建物の建築工事に着手したこと、原告の調査の結果本件建物が五階建であることが判明したため、原告は被告に対し、昭和四二年一二月一一日到達の書面で、原告所有建物の日照等を妨害する建物の建築工事をしないよう通告したが、被告は建築工事を続行し、昭和四三年七月に、本件建物を完成したこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

そうして≪証拠省略≫によれば原告は原告所有家屋に原告夫婦および子供二人(現在うち一名は東京に居住)とともに居住を始めたが、その頃は、その北側に会社社宅があるだけで、その東、西および南側は田で建物はなく、昭和三五年頃、南側近くを第二阪神国道が東、西に通過するようになり、付近の交通量も増加するようになってきたところ、前記のとおり、被告会社においてその南側に隣接の本件土地を買受け、本件建物の建築工事に着手したので、原告は、直ちに、工事責任者または被告会社代表者に対し原告側の日照等を確保するため右建物の高さを二階建か三階建とすること、その建設場所を現地点から南へ二メートル移すよう求めて接渉したが、結局、右接渉は物別れとなり、被告会社は本件建物を完成するに至った。なお、原告の妻訴外操は貧血症、腎孟炎兼関節痛、末梢循環不全を患っていることが認められ他に右認定に反する証拠はない。

二、原告は本件建物の建築によって日照等を阻害され受忍限度を超える生活妨害をうけているとし人格権としての日照権不法行為ならびに土地所有権に基き本件建物の三階以上の部分の収去を、又不法行為に基き精神的損害に対する慰藉料の発生を主張するのでこの点について判断する。

我国のような気象条件のもとにおいては日照等を確保するということが健康で快適な生活を送るために欠くことのできない条件であることはいうまでもなくこれに対する法的な保護の必要なことも明らかである。

この場合日照等の阻害に対し原告の主張するような人格権に基き阻害の原因となっている物件の排除を認める見解とか、あるいは日照等の阻害による生活利益の侵害をもって不法行為を構成するものとし、その効果として右阻害物件の排除を認める見解とかが存するけれども、日照等の阻害が振動、臭気騒音のような積極的な生活妨害と異り、消極的な生活妨害である事実、および実定法上その要件効果の点でなお問題のあることは周知のところである。そこで我我は居住生活において一定の土地の利用を介して日照等を享受しているのが通常であるから、土地の使用収益の中に日照等の享受も含まれているとみることができ、このことから日照等が阻害されるということはこのような土地の使用収益を妨げられているということもできる。ところで日照等を阻害する側についてみるに通常阻害者において所有権もしくはその他の利用権を有する土地に建物その他の工作物を建設することによって他の土地の利用者に対する日照等を阻害しているのであって、いわば阻害者の権利行使が一面他人の生活における日照等を阻害する結果となることが多い。とりわけ人口の都市集中と過密化は土地価格の高騰を促進し土地を高度に利用しなければならないため、建物の高層化は不可避の現象となっている。そこで日照等の生活利益の確保と土地の効率的利用に伴う建物の高層化との要請をいかに調整するかが問題となるわけであるがいかに自己の土地に建物を建築することが権利行使であるとしてもそのために他の土地所有者に受忍限度を超えるほどの日照等の阻害をなしその生活妨害をもたらす場合、その権利行使は違法となり、日照等の阻害を受けて生活利益の侵害を蒙ったものは土地の所有権に基いて阻害の原因となった物件の排除を求め得る場合もあり得るし、右阻害者に故意過失の認められる限り不法行為としてその蒙った損害の賠償を請求し得ることは明らかである。そうして右受忍限度を超えるか否か即ち権利行使の限界の判断にあたっては、日照等の阻害の態様程度とともにその地域的事情、加害者側の事情、阻害行為の社会的評価が重要な要素となってくる。しかし受忍限度を超えると判断される場合であっても土地所有権に基く妨害排除請求としての建物その他工作物の収去が認められるためには右収去による利益損失の比較考量建築後における地域的事情変更等を考慮しなければならない。従って受忍限度を超えるとして不法行為が成立し金銭賠償が認められても妨害排除としての建物収去は認められない場合もありうることとなる。そこで本件の場合まず受忍限度を超えるか否か、もし超えるとすれば建物収去請求の許否について順次検討を加えることとする。

三1  日照通風採光の阻害状況について

本件建物の位置と距離関係(別紙添付図面記載)が原告主張のとおりであることは弁論の全趣旨によって明らかであり、本件建物の五階最高部分の高さが一四・七メートルであることは当事者間に争いがない。そして鑑定人矢吹萬寿の鑑定の結果によれば本件建物がある場合の原告所有家屋南側縁下部東(b)および西(a)点(いずれも地面より〇・五五メートル高い)における日照時間帯は、冬至において(a)点が七時一一分より八時一一分まで、(b)点が七時一一分より八時五二分まで、立冬、立春において(a)点が六時五四分より八時四七分まで、(b)点が六時五四分より九時一九分まで春分秋分において(a)点が八時〇八分より九時三八分までと一七時一八分より一八時まで、(b)点が八時〇八分より一〇時〇四分まで、立夏立冬において(a)点が九時二五分より一一時〇一分までと一五時四六分より一八時四三分まで、(b)点が九時二五分より一一時二三分までと一六時三四分より一八時四三分まで、夏至において(a)点が一〇時二二分より一二時二三分までと一四時四五分より一八時〇四分まで、(b)点が一〇時二二分より一二時二二分までと一五時二三分より、一八時〇四分までであること、本件建物を二階建(地上より六・五八メートル)と仮定した場合、原告所有家屋のうち前記(b)点よりさらに三・三メートル垂直上の点(以下「(c)点」という)における日照時間帯は冬至において七時一一分より八時五一分まで、立冬立春において六時五四分より九時一八分まで、春分秋分において八時〇八分より一〇時〇五分まで、立夏立秋において九時二五分より一一時五一分までと一六時三四分より一八時四三分まで、夏至において一〇時二二分より一三時四三分までと、一五時三二分より一八時〇四分までであることが認められ、他に右認定に反する証拠はない。右認定事実によれば本件建物を二階建と仮定すると五階建の場合に比して、原告所有家屋のうち(c)点における日照時間帯が冬至において四〇分立冬立春において三一分、立夏立秋の午前において五〇分、夏至の午前において約一時間二〇分春分、秋分においては午前中二七分、それぞれ長くなるが、立夏立秋の午後において四八分、夏至の午後において四七分、春分、秋分の午後において四二分それぞれ短くなることが明らかである。さらに≪証拠省略≫を総合すると、本件建物の建築以後、原告所有家屋の室内温度は近隣五〇メートルにある家屋のそれと比較して昭和四三年一二月中の午後二時頃において四度から七度、昭和四四年一月の午後(但し日中)において三、五度から一〇度、同年二月午後(但し日中)において五度ないし九・八度、同年三月午後(但し日中)において三・五度から九・五度それぞれ低くなっていること、本件建物がある場合の受光量率は本件建物がない場合に比較して冬至において一二パーセント立春立冬において一四・六パーセント春分秋分において一八・四パーセント立夏立秋において二七・五パーセント夏至において三四・九パーセントであること、照度については、昭和四六年九月三〇日午後二時、晴天の場合、原告所有家屋の南側縁側においてガラス戸を開放して一二〇ルクス、大畳居間中央において三〇ルクス、(同位置備付の電灯を点灯した場合一〇〇ルクス)南側応接室南窓側において三二〇ルクス同室中央部において四〇ルクス南側ガラス戸を閉じるといずれも一〇ないし二〇ルクス低く、日中右の室で新聞を読むためには電灯を点灯する必要のあること、南風は遮断され、冬期に北風が本件建物につき当って原告所有家屋に入ってくることが認められ他に右認定に反する証拠はない。

2  地域性について

原告の居住地域一帯が都市計画上住居地域に指定せられていることは当事者間に争いがなく≪証拠省略≫によれば、原告所有家屋の存在する西宮市は大阪神戸両市の中央に位置し、主要幹線道路網、公私鉄道線が通過して交通の便がよく公害も少いところからベッドタウンに適し、年々人口も増加し昭和四五年度において三八万を算えるに至り、勢い地価も急騰し、その有効利用が望まれるようになり建物も高層化し、昭和四一年度に五〇棟であった四階建以上の建物がその後次第に増え昭和四四年度において九五棟となっていてその九〇パーセントがアパート、社宅マンションをもって占められ西宮市当局において昭和四五年一月市内に高度地区の指定を立案中である。一方西宮市のうち本件建物および原告所有家屋の存在する同市池開町はいまだ住宅地域であって右高度地区には指定されておらず、原告所有家屋の付近において三階建以上の建物は本件建物を除くと武庫川女子大学(鉄筋コンクリート五階ないし九階建)、木田ビル(鉄筋コンクリート四階建)、通商建材(鉄筋コンクリート建階数不詳)だけでありその他は木造瓦葺平家建又は二階建の建物が密集していること、池開町の周辺には阪神電鉄線路北側に相当広範囲に亘って鉄筋コンクリート六、七階建の団地の建物が立並び東北の方向には鉄筋コンクリート五階建の新武庫川病院があり武庫川を隔てて南方数キロのところに尼崎工業地帯が密集していること、本件建物の南側には第二阪神国道が東西に走り右国道に沿うて昭和四九年度完成予定の阪神高速道路の建設が計画されていること、以上の事実が認められ右認定に反する証拠はない。

3  回避可能性について

本件建物の南側に本件土地の南側境界線までなお四・五メートルの距離があることは当事者間に争いがないが、前記鑑定の結果によれば原告所有家屋のうち前記(a)点が、冬至において、日南中時を中心として二時間の日照をうけるためには原告所有家屋と本件建物との間に二五・六メートルの空地距離を要すること、同じく前記(b)点が、冬至において日南中時を中心として四時間の日照をうけるためには三一メートルの空地距離を要すること、もし本件建物を二階建とした場合に前記(c)点が冬至において日南中時を中心として二時間または四時間の日照を受けるためにはそれぞれ一八・八メートルまたは二二・八メートルの宅地距離を要することが、認められる。右事実によれば、本件建物を本件土地の南端まで寄せても原告所有家屋が冬至において二時間の日照を受け得ないことに変りがないものということができる。しかも≪証拠省略≫によれば本件建物を移動させたり、三階以上を収去することは技術的に不可能ではないが、困難な作業であり、右収去のためには約金六三〇万円程の費用がさらに必要となることが認められる。以上認定に反する証拠はない。

4  被告側の事情について

≪証拠省略≫を総合すると、被告会社は資本金四、八〇〇万円(昭和四六年三月増資)、従業員数三〇名程の中小企業であるが、昭和三七年頃から従業員を確保するため社宅等の福祉厚生施設として八ないし一〇世帯程度が入居できる、従業員のための住宅の建築を計画し、昭和四二年一一月、厳格な資格審査の末訴外厚生年金福祉事業団より金一、〇九〇万円の融資をうけることとなり、これをもとに金一、八〇〇万円の予算で本件建物の建築に着手したこと、右融資を受けた後において、同敷地内で住宅建築予定位置を変更したり、または建築予定階層を減少するについては、さらに、前記厚生年金福祉事業団に事業計画変更の承諾手続を必要とし、再び厳格な資格審査を受けなければならないこと、被告会社より本件建物の建築、新設を請負った訴外日東建装はその使用目的をもとに、さらに、建ぺい率、前面道路巾を考慮して五階建住宅となし、うち一階部分は居住性としての効用の薄いことからこれをガレージとして設計し、昭和四二年一二月三日より基礎工事としての掘方を開始したが、市当局の勧告によって原告方への眺望を避けるため、本件建物の入口の廊下廻りの位置をさげ、階段部分に目かくしをつける等の設計変更を行って、同年一二月二七日、建築確認をうけ、昭和四三年八月、本件建物を完成したこと、本件建物は一階部分が倉庫および車庫、二階ないし四階部分はそれぞれ三DKの住宅で計六住宅、五階部分が畳敷の部屋二ヶ所と台所となっていて、現在本件建物に被告会社従業員とその家族二五名程が居住しているが、被告会社には他に多くの入居希望者があって、被告会社の厚生施設としては本件建物が唯一のものであること。

本件建物が収去せられた場合前記融資金は、即時、前記厚生年金福祉事業団に返済しなければならないこと以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

四  以上の事実に徴すれば、原告方家族は昭和二八年九月以降原告所有家屋に居住したまたまその南側が開放されていたため充分なる日照等を享受してきたところ、本件建物の建築により原告所有家屋における日照等は前記認定のよう従前に比し著しく阻害されるに至り、原告方家族の生活が妨害を受けていることは否定できないところであり、しかも、原告所有家屋所在の周辺地域において次第に高層建築が増加し、やがて、右所在付近にも高層建築が増加するすう勢にあることは明らかであるが、なお、現在において、その付近は木造平家建または二階建家屋が殆んどであって、いまだ、住宅地域の面影を残しているところということができ、原告所有建物としても従来どおり、その南側の隣接地が空地のままで使用されないことは望むべくもないが、さりとてその南側に接近して高さ一四・七メートルの鉄筋コンクリート造五階建の本件建物が建築せられ、原告方家族が前記のような生活妨害を受けるとなれば本件建物の建築によって原告が受けるに至ったこれら生活妨害は一応受忍限度を超えるものといわなければならない。

五  そこで以下原告の本訴請求について検討してみる

原告は本件建物の三階以上の収去を求めるのであるが、本件建物がその付近一般の家屋なみに二階建にとどまっていたと仮定した場合どうであろうか。前記認定事実によれば本件建物が二階建と仮定した場合には五階建の場合に比して最も日照が必要とされる冬至において四〇分、立冬立春において三一分、立夏立秋の午前において約五〇分夏至の午前において約一時間二〇分、春分秋分の午前において二七分それぞれ日照時間が長くなるにとどまり又二階建としても夏至以外には日南中時を中心とする日照は望めないことが明らかである。しかも、一方本件建物にはたとえ、被告会社の事業のためとはいえ、その従業員および家族二五名位がここを唯一の生活のより所として日常生活を営んでおり、その生活も又できる限り尊重されなければならない。

そうして本件建物の三階以上を収去することは技術的には不可能でないにしても、経済的には不相応な支出を必要とすることも明らかである。加うるに本件建物所在付近が現在はともかくいずれは高層建築が増加するすう勢にあることはさきにのべたとおりである。

このように本件建物の三階以上を収去するとした場合に考えられる原告側の利益と被告会社側の不利益を比較考慮しさらに付近一帯の変化の模様にかんがみるならば原告の蒙る日照等の阻害を理由として被告会社に本件建物の三階以上の収去を命ずるのは相当でないと解する。

六  以上のとおり本件建物の三階以上の収去を命ずるのは相当でないと解したけれども、被告の本件建物建築行為は前記のとおり原告において忍容すべき限界を超える権利行使として違法というべきであり前記認定の本件建物建築開始後の原、被告の接渉に徴しても被告は原告に対し生活妨害を与えることを認識して本件建物を建築したと認められるから不法行為の成立は否定できず被告は本件建物の建築により原告に与えた精神的損害を賠償する義務あることは明らかである。

そして前記事実のうち、原告に生じた被告の態様、程度、被告側の事情その他諸般の事情を総合すると原告の精神的苦痛に対する慰謝料としては金五〇万円が相当と認められる。

七  以上判示のとおり原告の請求のうち本位的請求はいずれも理由がないのでこれを棄却することとし、予備的請求のうち、金五〇万円およびこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和四三年一〇月一七日より支払済まで年五分の割合による金員の支払を求める部分は理由があるから右の限度でこれを認容することとしその余は失当としてこれを棄却し訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中村捷三 裁判官 小林登美子 裁判官木下重康は転任につき署名押印することができない。裁判長裁判官 中村捷三)

〈以下省略〉

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